☆アルパカンドリーム☆

日(粒太)×米(アルパカさん)の、国際交流をシェアしていきます。 大抵コメント制限&返信なしです(^q^)ノ

テクノロジーの進化と共に、所有物は激減する…。ハズだったけど、全然そうなってない件。むしろ無限に拡大してるよ(^^;

じゃあ原始時代は物にあふれていたのかよ?っていうおかしな方向に行かない様に、今回はスマホやカメラの話にフォーカスしてます。カメラだけに…(ぇ

 

 

 

今回の構成

  1. スマホ片手に、抑えきれない撮影中毒
  2. 頭が追い付いてない
  3. テクノロジー>人間の本質

 

 

 

スマホ片手に、抑えきれない撮影中毒

f:id:tsubuta:20181018110830j:image

デジカメを売ったのですよ。もう10年前に購入したやつ。10年間で、数える程しか使わなかったなあ。感覚的には20回も使ってない。

 

10年前はガラケーの時代だったけど、既にカメラ機能はあったからね。携帯電話は大抵持ち運んでるし、気軽に撮影&確認出来る事は画質の粗さを補って余りあるものでした。

 

 

さて、デジカメを売る前には初期化したり、SDカードのデータ(写真)を確認したりするよね。そこで写真の確認時に気付いたのだけど…

 

『写真枚数、少なっ!!』

 

 

使用回数が少ないから、写真の枚数も少ないのは当たり前。…って感覚でも無いんだよ。

なぜなら、デジカメは使う度に、その数の多さから写真の枚数を確認するのに困っていたから。

 

 

デジカメの液晶って超小さいし、50枚先の写真を確認するのにも結構時間がかかったんだ。

なので、一日に20枚写真撮った日なんて、

 

『今日は写真撮りすぎちゃったな~。』

 

何て思ってしまってた。確認作業が面倒だからね。使い捨てカメラから比べれば、天と地との差があった訳だけど、テクノロジーの進化は早いのです。

 

 

 

では、現在はどうだろう?私がそんな不便なデジカメを手放した理由は、スマホをメインに使用しているから。

 

 

スマホで撮影した写真なんて、50枚だろうが100枚だろうが管理は簡単。100枚先の写真を見つけたければ、写真一覧における一枚当たりの表示を小さくして『スイー!』って指を滑らせればOK。何なら100枚なんて、ほんの一瞬で通り越す。

 

で、便利だからって撮影し過ぎて、面倒に感じるほど写真が増えていくと。。

 

 

 

 

頭が追い付いてない

写真が増えすぎたならクラウド(スマホ本体ではなくインターネット上の保存場所ね)に送ればいいじゃない…

って、そういう問題じゃない。

 

写真を撮影する事『だけ』が趣味ならそれでもいいかもしれないけれど、撮影後には確認して楽しみたいもの。でも、何がどこにあるのか自分で管理できなければ無いも同然。

 

『管理できてない=自分の外の世界≒自分のものとは言えない』

というロジック。異論は認めます。

 

 

また、最近では『赤』ってキーワードを入力すれば、赤色に関連した写真をコンピューターが自動で選んでくれるって機能もあるらしいけど、それだって『赤』が増殖しまくってたら同じこと。

赤に関連した写真を10,000枚撮影してたら、結局見たかった写真を探すのに参っちゃうよね。

 

 

せっかくカメラとして、

  • フィルムが不要
  • 現像所が不要
  • 物理的な写真(紙)が不要
  • ここぞというシャッターチャンスが不要(撮り直せるから)
  • 出先でのカメラ忘れの心配が不要
  • ↑に係る諸々の時間&お金&精神的負担が不要

 

なんて良い事ずくめなのに、見たい写真を探すのに時間かかったり混乱したりでストレスを感じてしまうのは、本末転倒。

 

これはもう、テクノロジーではなく人間(私)の頭の方をアップデートする必要がありそうだ。

と言うのも…

 

 

物の変化に頭が追い付いていないのではないかと。

 

 

『いや、俺はスマホ使いこなせてるんだから、物の変化に対応できてるよ!』っていうレベルの話ではなくてね。

 

そもそも操作方法なんて、大抵のものは時代の変化と共に簡単になってるでしょ。自動車の運転だって、株への参入だって、30年前とは大違い。何だよ、自動運転てw

 

 

カメラの話で言えば、個人が気軽に撮影が出来る様になった使い捨てカメラの時代から、そもそもの写真に対する考え方が変わってないんだ。

気に入らなかったらポイっと捨てるなんて、中々難しいもんね。

  • せっかくだから…
  • もったいないから…
  • きっと後で見るから…

極端な話ではあるけれど、このまま行けば24時間カメラを回しっぱなしにしておかないと気が済まなくなってしまうよと。

ドライブレコーダーなんか近い様に思うかもしれないけれど、アレは後で見て楽しむ性格のものでは無いので別物です。多分…。

 

 

 

 

 

テクノロジー>人間の本質

テクノロジーのお陰様で便利さを享受はしているものの、実は思っているほど豊かになってはいなかった。

 

 

だってこれ、写真ていう物が紙からデータに変化しただけで、本質的には同じだよ。お金と時間がかからなくなったからって、じゃあ30年前にそれらに余裕があったらどうしてたんですかと。その当時、お金に余裕のある、お金持ちだったら…

 

お金持ちの家が物であふれてて管理出来てない状態を目の当たりにしたら、どう思うかな?あーこの人は物に支配されてるな~ってカンジよね。

 

 

でも、スマホによって写真にお金と時間がかからなくなった今…

少なくとも写真に関して言えば、30年前のお金持ちと同じ条件。

 

では、30年前のお金持ちはどうであったか。この記事を書いている時点で2018年なので、30年前は1988年。私は世代ではないのでよく知らないけれど、バブルの頃とかその辺り?

 

う~ん、バブルの頃のお金持ち…あ、察し(笑)。

 

 

やっぱり管理出来ないほどに物を溜め込んでしまうのは、人間の本質なのだろうねえ。。

 

 

☆目指せ明日のホワイトカラーヽ(・∀・)ノ☆